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「お疲れ様です。」
そう言って達也は給料の入った封筒を受け取ると封筒をリュックに放り込んで事務所を後にした。
達也は少し駆け足で駅に向かった。・・・まあ急いでうちに帰ったところで特にやることもないのだが。
ホームに着くとちょうど電車が入ってきたところだった。
電車に乗ると乗客はまばらで席は半分以上空いていたが達也は席に座らず扉に寄りかかりしょっていたリュックを足元に置いた。
達也の両親は大学二年の時にが事故で死んでしまった。
元々両親とそりが合わなかったため悲しさや寂しさなどはあまり感じなかったが二つ下の弟がひどく落ち込んでいたのを覚えている。
その後親族がどかどかと入り込んできて財産のことで揉めだしたのを見てうんざりした達也はすぐに大学を辞め誰にも連絡先を告げずに家を出た。
以降は日雇労働のその日暮らしを繰り返し7年が過ぎた。
その間親類とは一切連絡を取っていない。
「ふぅ・・。」
電車の窓に映る夜の景色を眺めながら達也は小さなため息をついた。
ふと視線を動かすと誰かが座席に忘れていった雑誌の見出しが目に入ってきた。
『失踪相次ぐ!今月八件目!今度は父子家庭の父親!父親の抱えていた心の闇とは?!』
そういえば一年ぐらい前から失踪事件が急増してるらしい。
不気味なことに大半のケースで直前まで一緒にいてトイレに行くと行ったきり消えてしまったとか、お風呂に行ったきり戻ってこなかったとか、自宅に内側から鍵をかけた密室の状態で失踪してしまったとか不可解な形で失踪してほとんどの事件が解決していないらしい。
(俺も消えちまおうかな・・・。)
不謹慎なことを考えていると丁度電車が駅に着きよっかかっている側の開き始めた。
「おっと。」
達也はなんとなく電車から降りて改札に向かったが改札の直前で駅の構造に違和感を感じた。
駅名を見ると目的の駅のひとつ前だ。
「何やってんだ俺は・・。」
次の電車まで四十分以上ある。
ここから自宅までは歩いても一時間はかからない。
(歩いていくか・・・。)
達也は改札を出ると自宅に向かって歩き出した。
帰り道閉店間際の小さなスーパーを見つけて立ち寄った達也はレジに見覚えのある女性の影を見つけた。
一度しか会ったことはないが下の名前は覚えている。アキだ。
大学の時無理やり誘われ一度だけ合コンにいったことがあるがその時いた影の薄い女の子だ。
あまりに影が薄かったから逆に印象に残ったんだろう。
ノリでその場にいる全員と連絡先を交換したが誰とも連絡を取っていない。
達也は割引シールのついた弁当と缶チューハイを一本手に取るとレジに向かった。
亜樹のいるレジは客が入っていたため隣の空いているレジに入るとアキは達也の顔を見て一瞬手が止まったがすぐに自分のレジ打ちを再開した。
会計を済ませて店を出ようとすると亜樹が声をかけてきた。
「あの・・・、こ、・・・これあげます!」
そう言ってアキはわたわたした感じで自分の携帯から人形を外すと達也に差し出した。
少し前に流行ったお守りの人形だ。
達也が面食らっているとアキは不安そうな顔をして
「わ、私が作ったブドゥー人形です!私手芸得意で、・・・い、いらないですか?」
ちょっと声が大きい。
「いや、貰うよ。ありがとう。」
達也は人形を受け取ると「それじゃ。」と言って店を後にした。後ろから「ああ、ありがとうございました!」と言う声が聞こえた。だいぶ声が大きい。
「まあ、悪い気はしないけど。」
達也は携帯に何もつけない主義だったので人形をそのままポケットに入れた。
家に着くといつも通り鍵を閉め、入ってすぐ左側にある台所にスーパーの袋を置いて、ポケットの中の財布や携帯を出すと奥の居間のテーブルの上に無造作に放り、テレビをつけ、リュックを押入れの二段目に投げ込もうとしたら押入れの襖が閉まっていた。
大抵開けっ放しにしておくのだがたまに気まぐれで閉めることがある。
特に深く考えることも無く襖を開けるとそこには普段と全く違う光景が広がっていた。
「・・・・ホ・・テル?」
襖の向こう側にはホテルの客室ような部屋があった。
奥の方を見るとその部屋が異常な構造をしていることがすぐに分かった。
「どうなってんだ・・・?」
達也は不安と好奇心を感じつつ恐る恐るその部屋に入った。
その部屋は複数のホテルの客室をでたらめにつないで一つの大きな部屋にしたような構造だった。
部屋の体積は体育館の半分くらいはあるんじゃないだろうか。
少し奥に進みリュックを近くのベッドの上に放った後備え付けのテレビのスイッチを押してみた。
問題なくテレビはつく。
「電気が通ってる。」
もう少し奥に進んで辺りを見渡すと隅の方にいくつか不自然な木の扉があるのが見えた。
「・・あ!!」
辺りを見回したついでに振り返った時達也は重大なことに気がついた。
無いのだ。自分が入ってきた入り口が。
入り口があったはずの場所には木の扉があった。
「お、おい・・・。」
木の扉に駆け寄りドアノブをガチャガチャまわしながら押したり引いたりしてみたが鍵がかかっているようでびくともしない。
「なんなんだよこれ!」
助走をつけて何度か体当たりもしてみたが効果は無かった。
「そうだ、携帯が・・・。」
ポケットに手を突っ込んでみたが出てきたのはアキからもらったブドゥー人形だけだ。
「しまった・・・。テーブルの上だ・・・。」
ホテル備え付けの電話に駆け寄り受話器を耳に当ててみたが何の音も聞こえない。
「何のドッキリだよ・・・。」
受話器を戻すと木の扉の前に戻った。
達也は扉に近づきまじまじと見ると扉は薄いこげ茶色で見るからに古く、細かな傷や小さな亀裂が無数にある。見た目で判断するなら体当たりだけでも破れそうなのだが・・・。
そういえばテレビの載った台の脇に小型の冷蔵庫があった。
冷蔵庫に近づくと先ほどつけたテレビの音声が耳に入ってきた。
「ということはつまり失踪した方々はみな苦悩を抱えていて、心のどこかで消えてしまいたいと思っていたと言うことですね?」
司会者の質問に評論家風の男が大きくうなずいた。
「その可能性は大きいです。 失踪した方々は・・・・・・・」
「まさか・・!」
達也はそう呟くとふらふらとテレビの前に歩いていった。
「失踪した人たちはみんなここに?・・・いや・・・。」
達也は不安を打ち消すように軽く首を振った。
「・・・とりあえず扉を破ってみるか。」
冷蔵庫の前にしゃがみ中を確認すると飲料水のペットボトルやビールが入っていた。
「そういえば夕飯食べてないな・・。」
そうぼやきながら中身を出すと冷蔵庫を抱え上げ扉の前に向かった。
「よし・・。」
達也は少し助走をつけ木の扉に向かって思いっきり冷蔵庫を投げつけた。
バーン!ガターン!
部屋中に大きな音が響き渡る。しかし、扉には変化が無いように見える。
「一回じゃ無理か・・。」
その後も何度か冷蔵庫をぶつけてみたが木の扉は壊れる気配がない。
「あれ?」
達也はあることに気付きもう一度冷蔵庫をぶつけてみた。
バーン!ガタタン!
すぐに扉に近づき冷蔵庫がぶつかったあたりを確認すると傷すらついていない。
次にベッドの脇のボールペンを持ってくると先端を扉に強く押し当てガリガリと激しく動かしてみたがインクが付着するばかりで傷がつかない。
「・・・・。」
達也は少し考えると冷蔵庫を持ち上げホテルの壁に叩きつけた。
バーン!バキャッ!ガタン!
冷蔵庫の扉が取れてしまった。
壁を確認すると少しへこみひびが入っていた。
(こっちは傷がつくのに、扉だけびくともしない・・?)
不安が大きくなっていく。
少し疲れた達也はさっき冷蔵庫から出したお茶のペットボトルを手に取ってベッドに座った。
「金取られるってことはないよな・・・?」
お茶のペットボトルを空け飲み始めると
ボーーン
突然時計の鐘のような音が部屋に響いた。。
「や・・・、やめてくれよ。」
ドキドキしながら周囲を見渡すと床に転がっていた冷蔵庫が消えていることに気づいた。
「え・・?」
状況が呑み込めないまま目を動かすと冷蔵庫は元々置いてあった位置に無傷の状態で置かれていた。
冷蔵庫の中から出した物も消えている。
しかし手に持っていたペットボトルは消えなかった。
「はーー、ふーーー・・・。」
達也は立ち上がり大きく深呼吸してから冷蔵庫の前にしゃがみこむとそっと扉を開けた。
冷蔵庫の中身は最初に空けたときと同じ状態になっていた。
自分が飲んでいるお茶のペットボトルと同じものも入っている。
「・・・・。」
達也ははっとしてさっき傷つけた壁を見ると傷が消え綺麗な状態になっていた。
「元に戻ってる・・・。」
不可解な出来事が連続して起きたせいで達也は混乱し始めていたが、これではっきりしたことがある。
これはドッキリのような生易しいものではない。
「・・・そういえばさっきの鐘の音、部屋の奥から聞こえたな。」
自分が入ってきた辺りの方がなぜか安全な気がして奥のほうに行ってみようという気が起こらなかったが、分からないことだらけの現状では気になることは端から確認していくしかない。
達也は周囲を警戒しながら少し大股で奥に向かった。
やはり家具や家電の配置はどの部屋も同じようで、異なるのは壁の状態だけ。
いままで意識していなかったがユニットバスもちゃんとついている。
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