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だいぶ前気の迷いで書き始めたが僕は文章で出力したいわけでじゃないのだ。
 あらすじは頭の中に。

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 獣の王
 1990年代末、かつて八百万の神と呼ばれていた者たちが突如日本各地に現れた。
 最初に現れた神々たちは人間を驚かしたり人間にいたずらしたりあるいは人間に助言を与えたり人間のやっていることを手伝ったりという程度のことしかしなかったが、時間がたつにつれより強い力を持つ神が現れ始め人間に大きな力を与えたり人間に大きな害をもたらしたりするようになり日本各地で争いが起き始め人間たちの暮らしは厳しさを増していった。
 また海や空にいる神々が日本近海を出入りする船や飛行機を攻撃し始めたため人間は日本から出ることも日本に入ることもできなくなり事実上の鎖国状態となった。
 八百万の神々が現れてから3年後、コトワリと呼ばれる神が現れた時強大な力を持つ神々とコトワリの戦い、後に『神々の変』と呼ばれる戦いが始まる。
 『神々の変』は最終的にコトワリが討たれるという形で決着したが争いは熾烈を極め神にも人間にも甚大な被害が出た。結果、八百万の神々が現れてから5年程で日本の人口は4割ほどに減少していた。
 一部の神々は気に入った人間や自分に付き従う人間に加護と呼ばれる限定的な力を与えることがあったため、ほとんどの人々は生き残るために自分の生き方や価値観に合う神を見つけてその神の加護を得て生きるようになっていった。
 神の持つ力には大小あり強大な力を持つ神々を「契り神」、強い力を持つ神々を「強神(つわがみ)」、その他の神々を「野良神(のらがみ)」と呼び、特に契り神は神と契りを結ぶことでその神が存命の限り効果を発揮し続ける力を与えることができたため救いを求めて集まる者が多く、契り神の加護を得たものは信者と呼ばれた。
 契り神は現在アラワシ、ウツリ、トコヨ、ムク、マガツ、ワザワイ、ケダモノの七神がおり、多くの人間がこのいずれかの契り神の元へ足を運び信者となった。
 アラワシは東北の北側に誠都(せいと)と呼ばれる都市を作りそこに住まい、嘘偽りを非常に嫌う神でアラワシの信者となった人間は知覚が非常に鋭くなり遠くにいる人間や生物の気配を読みとったり嘘や隠し事も完全に見抜けるようになる。
  そして嘘をついたものを指さし「嘘つき見つけた」と呟くことで相手の影を縛り動きを封じることもできるようになるが、この力は相手の嘘を実際に聞いた時や見た時でなければ発動しないため、相手が「自分は過去に嘘をついたことがある」という言葉を口にしてもその言葉自体が嘘でないなら影を縛ることはできない。
 影縛りの力は非常に強く縛ったものが死亡しない限り解放されないため縛られたら十中八九死あるのみである。
 アラワシの信者となったものは嘘をつくことを許されず、嘘をついたらアラワシの加護の力によって自らの影が縛られてしまうためアラワシの元を訪れたものの信者とならずにその土地から離れるものも多い。
 アラワシの信者にならなくても誠都で生活することはできるがどんな些細なものであっても嘘をつけば死に直結するので誠都に留まる者は少ない。
 ウツリは常に変化を求める神で同じ場所に留まることや変化しない状況を嫌うため常に各地を転々としている。 
 ウツリの信者となると健常な体を手に入れ病気になることがほとんどなくなり毒物にも高い体制を持つため汚染された水などを飲んでも大抵影響が出なくなる。
 体も長時間の移動に耐えられるようやや常人離れした持久力と筋力、さらに鋭い嗅覚、聴覚、視覚を備えた体へ変化し、二~三日飲まず食わすでもほぼ問題が生じないようになる。
 ウツリは常に各地を転々としているためウツリと共に旅をするのは常人にとってとてもつらい事であるがウツリは信者でなくても共に過ごす者たちを守ってくれるため加護を得ずについていくものも多い。
 ウツリはその性質上一所に留まる他の神と衝突を起こすことがあり、行った先の土地でウツリ自らが争いを起こすということがしばしばあるが同じ場所に長期間留まることがないので争いは長引かない。
 ウツリの信者が長期間同じ土地に留まった場合、ウツリの加護の力はその信者病気への耐性や筋力を奪い最終的には命を落としてしまう。
 トコヨは関東に常都と呼ばれる都市を構えそこに住む神で、大きな変化を嫌い同じ場所に留まり続ける者、変化を望まないものをとても好むためすべての神の中で一番信者の数が多い。
 トコヨの信者となったものは物を修復する能力を与えられ、たとえそれがどんなに激しく壊れていても一時間ほどで元の形に戻せるようになる。対象が生物でも死んでさえいなければこれも一時間程度で元に戻すことができる。 
 トコヨは常都を訪れた者全てに加護を与えるが他の神の加護を得ていた場合は変化を好むものとみなし加護を与えず常都の外へ追放する。ただ、常都の外に出ようとする者がいれば何者であってもトコヨの配下の神に抹殺されるため追放すなわち死である。
 常都はトコヨの配下の神々に常に守られているため外敵が来ても住民が戦うということはほとんどなく変化を望まない者たちにとっては快適な場所である。
 ムクは争いや破壊を嫌い平穏を好む神で中国地方にムクの絶壁と呼ばれるドーム状の領域を作り信者はその中で生活している。ドームの入り口は常にムク自身が監視していて、ドームに入る場合ムクの信者とならなければならない。
 ムクの信者となった者たちは闘争心や攻撃性を失い争いを起こさず穏やかな心持で生活するようになると言われている。
 ムクの領域の中では皆心穏やかに生活しているが闘争心や攻撃性を失っているせいか危険に対する感受性が著しく鈍り、病気や痛み、空腹などにとても鈍感になり疫病や飢えが蔓延しているようだが、それでも信者は心穏やかに過ごしている。
 心穏やかに過ごせるという点においてそれを求める者たちにとってはムクの領域は楽園ともいえるが人間という生物にとって一番恐ろしい神であるともいえる。
 
 マガツは破壊を好む神で強く念じればどこにでも現れるが一度呼び出すと呼び出したものがマガツの信者となるか、あるいは死ぬかしないと別の者が呼び出すことができない。 
 マガツは自分が気に入ったものであれば誰にでも加護を与えるが気にいらなかった場合は呼び出した者の命をただただ奪う。
 マガツの加護を得たものは破壊や殺戮を好むようになり、そして超人的な身体能力と眠らない且つ痛みを感じない体を手に入れる。
 世に絶望したものが呼び出すことが多い。
 マガツの信者は体が壊れるまで暴れ続け心を病み破滅していくので大半の場合すぐに死んでしまう。
 マガツを討つ目的で呼び出すものも多いがマガツ自身も絶大な力を持つ神なのでマガツを討ったものは今のところいない。
 ワザワイは争いを好む神で近くに誰もいない場所で念じればどこにでも現れるがアラワシの信者が呼び出しても現れない。
 ワザワイは自分を呼び出したものの質問に本来当人しか知りえないような情報でも何でも答えてくれるので、つい呼び出してしまう者が多い。しかしワザワイと繰り返し話をしているとしだいに疑心暗鬼になりワザワイの言葉しか信じなくなってくる。
 ワザワイの信者となるとといつでもワザワイと言葉を交わせるようになるというだけで他の力は一切与えられない。
 通常神は他の神の加護を受けているものが居ればどの神の加護を受けているか見抜けるのだが、ワザワイの加護だけは見抜けないためワザワイの信者の中には二重で加護を得ている者もいる。
 ワザワイの信者となったものはワザワイの言葉に従いどこかの領域に潜り込み他の神の信者との争いのきっかけを作ったり、同じ信者同士で争いを生じさせ内部分裂させたりという行動をとるようになる。ワザワイの信者たちはワザワイのことをアカシ神と呼んでいる。
 ワザワイが真実を語るとは限らない。
 
 ケダモノは四国の山中に住まい、人間社会の中で孤立していた者、どこの組織にもうまく馴染めなかった者、そういった者を好み加護を与える神。
 ケダモノ自体も神の世界で孤立し世の均衡を乱すものとして他のほとんどの神から忌み嫌われているため他の契り神たちはケダモノの信者にだけは加護を与えない。ウツリ以外の契り神はケダモノの信者を見かけたら問答無用で襲ってくる。
 ケダモノは十本の刀を持っており、加護を与える際に一本の刀を渡すが刀がなかった場合ケダモノは訪れた者の命を奪う。
 刀には莫大な力が封じ込められておりケダモノの加護を受けているものが近くにいない状態で鞘から抜ぬかれると力が噴出し激しい爆発を起こす。爆発はすさまじく、半径五十メートル程の範囲が一瞬で消し飛び、半径百メートルほどの範囲のものも爆風で吹き飛ばされる。
 刀にはケダモノの配下の神が宿っており戦いになれば共に戦ってくれるうえ、刀から5メートル程の範囲内にいる限り超人的な身体能力を持ち主に与えるためマガツの信者とも五分で戦える。 さらに近くにある他のケダモノの刀の気配を感じ取ることができるようになる。
 ただ、ケダモノの信者は逃げることが許されず戦いや物事から逃げ出したとたん加護が消える。 加護が消えてもケダモノ影響が残るため他の神は加護を与えてくれない。
 加護を得ていない状態で刀を持っていても何の力も得られないが、持ち主が刀から遠く離れると刀を放棄したとみなされ刀に宿った神によって命を奪われるため抜けない刀を持って生きていかなくてはならない。
 刀に宿った神を討てば命を奪われることはないが生身の人間にはとても無理である。
 刀が放棄された場合刀は消滅しケダモノのところへ返る。
 爆発した場合も同様にケダモノもとへ返る。
 他の人間にとって冷静な状態で強大な力を発揮するケダモノの信者は脅威であり近づくものはまずいない。
 さらにケダモノの信者は常に帯刀しているのでケダモノの信者であることがすぐに知れてしまいどこに行っても落ち着いてはいられない。
 ケダモノは信者に力だけ与えて守ることも助言を与えることもないので力を得た信者は自ら考えて動かなくてはならない。
 コトワリは九州に拠点を持っていた謎の神。『神々の変』を起こした原因であると言われているが何をしたかを知るコトワリの信者は全滅し、戦った神々たちもそのことについては答えないためほとんどが謎である。
 あらゆる神の中で最も強い力を持っていたとされる。
 物語は『神々の変』から7年後、一人の女性がケダモノの元を訪れたところから始まる。
 
 赤黒い空、赤黒い地面、遠くを見ると空と地面の境界が分からなくなる歪つな世界。
 そこに灰色の石階段だけがあった。
 女はゆっくりとした足取りでその階段を上っていた。
 2~3段上がると少し立ち止まりまた歩きはじめる。
 そしてまた2~3段上がると少し立ち止まりまた歩きはじめる。
 そういう動作を繰り返しながら少しずつ階段を上っていった。
 女は20代後半、右足にはぼろぼろのスニーカー、左足は素足、右外側が半ばまで破れたタイトスカートに所々に穴が開いてボタンもいくつかなくなっている白かったであろうブラウス、背中の中ほどまでの長さの髪はぼさぼさ、前髪で目が隠れ、肌は雪のように白くひどく痩せている。
 女が階段を登りきると少し先に戦国の武将がつけるような赤黒い色の甲冑を身にまとった身長4mメートルほどの巨人ーケダモノが微動だにせず立っていた。
 腰にはこの赤黒い世界には似つかわしくない青黒い光を放つ刀を差している。
 女はケダモノの姿を見て少しだけ立ち止まったが、すぐにケダモノの方へまたゆっくりとした足取りで歩き始めた。
 ケダモノは女が自分の前に来て立ち止まったのを見ると低い太い男の声で聞いた。
「我が力を欲するか?」
 女が問いかけにただ黙って頷いた。
 するとケダモノはさらに聞いた。
「敵から逃げれば力を失う。刀から逃げれば命を落とす。それでも我が力を欲するか?」
 女はその問いにもただ黙って頷いた。
 それに対しケダモノも大きく頷いて
「覚悟は分かった。しかし今刀に空きはない。故、力を与えることはできぬ。」
 そう言って自分が差している刀に手をかけた。
「ならばせめて我が手でその苦悩と孤独を消し去ってやろう。」
 ケダモノが刀を抜こうとした時、ケダモノの足元が青黒く光り、光の中から一本の青い刀が現れた。
 ケダモノは刀を抜くのを止めその刀を拾うと女に差し出した。
「まだ死ぬことは許さぬと刀が言っている。」
 女が差し出された刀を受け取ると刀から黒い霧が噴出しその中から男とも女ともいえない声が聞こえた。
「私はカラタチと申します。たった今から私の主人はあなた様です。あなた様が私の主人である限りどこまでもお供いたします。よろしくお願いいたします。」
 そう言うと黒い霧は刀の中へ戻っていった。
 女は何も言わずケダモノに背を向けると階段の方へ歩いて行った。
 ケダモノは女の背中を見ながら言った。
「己の道を行け。新たなケダモノよ。」
    1
「参ったなぁ・・・。」
 夕方の人気のない住宅街の中を男ー坂田はぼやきながら歩いていた。
「せっかくショッピングモール見つけたってのに野良神だらけで近寄れやしない。」
 坂田は年齢30代後半。
 身長170センチほどで痩せ型、頭にはタオルを巻いていて顔には無精髭、よれよれの作業着にぼろぼろの靴。背中には大きな登山用のリュックを背負っている。
「新しい靴が欲しいんだよなぁ。」
 この辺りはかつて高級住宅街だったようだが今は野良神や強神が稀に出没するうえ、家の中の物はあらかた盗み出されさらに倒壊した家屋や倒れた電柱、壊れた車などの瓦礫が多いため人が近寄らず昼間でも人を見かけることはほとんどない。
 坂田は倒れた電柱をまたぎながら呟いた。
「そろそろ食料ため込んでおかないといけないしなぁ・・・。」
 そのとき少し強めの風が吹いた。
 坂田は腕組みをするような恰好で二の腕をさすった。
「寒くなってきたな。」
 季節は夏も終わり秋のはじめ。
 暑さはまだ残っているものの日が落ちてくると急に気温が下がる。
「そろそろ寝床を探さないと。今日はどの家をお借りしようかなぁ。」
 そう言って坂田は辺りを見回した。
 周辺一帯は空き家だらけだが空き家ならどこでも寝床にできるというわけではない。
 あまり暗いところを選択すると高い頻度で中に野良神が住み着いている。
 じめっとした所もそうだ。
 だからといって明るい所にある家や目立つ家を選んでもそれはそれで野良神がいる。
 重要なのは可もなく不可もなくという家を見つけることだ。
 そういう場所であれば仮に野良神がいたとしても、いるだけで何もしてこなかったり話せばわかる相手であったりする事が多い。
 坂田はしばらく住宅街を見て回っていたがある空き家の前で立ち止まった。
 空き家は二階建て。塀はなく庭の雑草の背もそれほど高くない。
 一番のポイントは窓が割れていない事だ。
 荒れているところにいる野良神は非常に危険だ。
 奇麗なところにいる野良神もそれはそれで危険だがここは適度に汚れている。
 「よしここに決めた。」
 坂田は庭に入って家の窓が開いていることを確認するとリュックからランプを出し火をつけ家の中を照らした。
 中はキッチンと一体型のリビングで右奥のキッチンに食器が入ったままの棚があるが他は床に少しごみが散らかっているくらいでがらんとしていた。
「神様が居ませんようにと。」
 坂田はそう呟くと土足でリビングに上がり左奥にある廊下から頭を出して何もいないことを確認した。
「よしよし。」
 次に坂田は廊下に出て辺りを見回した。
 リビングから廊下に出てすぐ右側に風呂場に洗面所、廊下少し先左手に玄関、玄関の正面に階段、廊下の突き当り左右にふすまが見えた。
「おっ、和室かな。布団とかあればいいけど。」
 そんなことを言いながらゆっくりふすまのところに向かうと右側のふすまは開け放たれていて押入れのようだったが中は空っぽだった。
 坂田が次に左側のふすまを少し開けて中をのぞくと座布団が散乱しているのが見えた。
「やった、今日はよく眠れ・・・。」
 そこで床に何かいるのが見えた。
 坂田は反射的に身を引いた。
(ひ、人、人だったよな・・。先客がいたのか・・?) 
 そんなことを思いながらおそるおそる中をのぞくと座布団を枕にしてあおむけで寝ている人の上半身が見えた。
 長いぼさぼさの髪が顔の半分以上を覆っているのせいで顔が見えないがどうやら女だ。
(女・・・。一人か?)
 坂田は音をたてないようにゆっくりふすまを開けた。
「げっ!!」
 中を見た坂田は女の横に青黒い色をした刀が置いてあるのに気づき思わず声をあげてしまった。
(け、ケダモノの信者!)
 坂田はその場を離れようとしたが、ふと視線を感じ女の顔へ目線を動かすと髪の毛の下で開いた目がこちらを見ている。
 坂田は慌てて「お、俺は寝床を探してただけで、あ、あ!あんたに何かしようっていうんじゃなくて・・。」などと声を裏返らせながら弁解を始めたが、女は聞いているのかいないのかしばらくすると目を閉じてしまった。
 坂田はその様子を見てホッとするとゆっくりふすまを閉めた。
(早くこの場を離れないと。)
 そう思いリビングに戻ったが外はもうだいぶ暗くなっている。
 夜に出る野良神は人を驚かせたり、さらったり、時には食ったりするものがほとんどだ。
(もう外に出たらまずい時間だ・・。どうする?)
 坂田はリビングをうろうろしながらあれこれ考えたがその間にも外はどんどん暗くなっていく。
(そういえばケダモノの信者 には野良神があまり近寄らないってきいたことあるな・・。今外に出るのと、何もしてこないかもしれないケダモノの信者の近くにいるのと、どっちが危険だ?)
 考え抜いた末、坂田はリビングで一夜を過ごすことにした。
「となれば夕飯だ。」
 坂田は玄関に移動し床が石でできているのを確認すると、リュックからバーベキューなどに使う炭とライターを取り出しリビングから拾ってきたゴミくずと一緒に床に置いて火をつけた。
 次いでリュックから小さなステンレスの鍋と今朝川で汲んできた水が入っている銀色の水筒とタオル、野原で摘んできた草の束、それと缶詰を複数取り出し、水筒の水を少量タオルに含ませて手を拭いてから水を鍋の半分ほどまで入れた。
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な。・・・よし、今日は鯖缶だ。」
 三日に一度だけ開けようと決めている缶詰を一つ選び鍋にあけると野原で摘んできた草をちぎって入れた。
 坂田は玄関の段差に腰かけ鍋を火にかけながらしばらくぼーっとしていた。
 鍋がふつふつしはじめてきた時ふと後ろに気配を感じ坂田は振り返った。
 そこには子供くらいの大きさの黒いモヤがあった。
「うおっ!」
 坂田は一瞬驚いたがこの野良神は前にも見たことがある。
 ただただこっちを見ていたり周りをうろうろしたりするだけで何もしてきはしない。
 どうやら二階にいたらしい。
(ケダモノのインパクトが強すぎて二階のチェック忘れてた。いたのがこいつでよかった。)
 この野良神がいるところで悪い野良神を見たことがないので坂田はホッとしながら鍋に目線を戻した。
「もうちょっとかな。」
 しばらくして鍋が煮立っていい香りがしはじめたころまた後ろから気配を感じる。
 坂田は冗談半分で「お前も食うか?」と言いながら振り向くとそこにはさっき和室で寝ていた女が立っていた。
「っ・・・!」
 坂田は声にならない声をあげて凍り付いた。
 女は特に何か言うわけでもなく黙って立っている。
「く、食う?」
 坂田は改めて聞いてみたが女は無反応だ。
 一時の静寂が流れる。
 坂田は冷汗をかきながらリュックに手を伸ばし二週間前に廃屋で拾った味噌と手作りの箸を取り出すと味噌を鍋に溶きいれた。
(なんで何も言わないんだ!)
 坂田がそんな風に思っていると女は隣に来てゆっくりした動作で座った。
(食うのか・・・。ケダモノの信者なら飯に困ることはないだろ。なんでよりにもよって俺の飯を・・・、って言っても食うかって聞いたのは俺だし・・。)
「よ、よし、できた。」
 坂田はできたことをアピールするように大きめの声でそういうと鍋と箸を女に差し出した。
 女はそれを受け取ると前髪を邪魔くさそうに払いはふはふ音を立てながら食べ始めた。
 坂田は冷や汗をだくだくかきながらチラッと鍋の方を見た。
(あれっ?)
 その時坂田は女の腕が異様に細い事に気づきそのまま顔を女の方へ向けた。
 さっき見た時は気づかなかったが女はやせ細っていた。
(なんで?・・・ケダモノの信者なのに・・・。)
 坂田の中ではケダモノの信者といえば暴君のイメージがある。
 力で人間を支配し欲しいものは奪い、気に入らなければ時には野良神や強神をも殺す。
 野生の猛獣ですらかわいく見える。
 それがケダモノの信者。
 目の前の女はそのケダモノの信者のイメージからはかけ離れていた。 
 左袖が丸々無い黒いブラウスのようなものとぼろぼろのスカート、靴は履いていない。腰ほどまである長さの髪の毛はぼさぼさ、顔は前髪でほとんど隠れいてそしてかなりやせている。
 体は小さくさっき立っていた感じからすると背は150センチくらいではないだろうか。
(ほんとにケダモノの信者なのか・・?そういやあ女のケダモノなんて聞いたことないな。)
 しかし女の脇では青黒い刀が妖しい光を放っている。
 と、唐突に女は食べるのをやめ坂田に鍋と箸を差し出した。
「あ、・・。」
 と言って坂田が反射的にそれを受け取ると女は立ち上がり和室の方へ戻っていった。
 鍋の中身は半分ほど残っている。
(残してくれたのか?・・・良いケダモノの信者なんているのか?まあいいや、せっかくだから食おう。)
 坂田は手を合わせて鍋の残りをむさぼった。
「・・ん、ぐむ。」
 リビングで寝ていた坂田は何かの物音で起きてしまった。
 外の方へ目をやるとまだ薄暗い。
 日が出始めたばかりのようだ。
 そこに人影が一つ。
 ケダモノの信者の女が外に出ていこうとしているようだ。
「あ。」
 坂田はなんとなく呼び止めようとしたがすぐに(呼び止めてどうするつもりだ?)という考えが浮かび言葉を止めた。
 女はゆっくり外へ出て行った。
「なにもされなかったな。悪いことしないケダモノもいるんだな。」
 坂田は立ち上がり大きく伸びをすると
「ん!待てよ!それだったら!」
 そう言いリュックを背負い大急ぎで家を飛び出した。
「遠くへ行ってませんように!」
 坂田は走って通りへ出ると辺りを見回した。
「よかった!いた!」
 女の後姿を見つけると坂田は大声で叫んだ。
「ねーちゃん!ちょっと待ってくれぇ!」
 呼びかけに気づき女は立ち止まり振り返った。
 坂田は女に駆け寄り息を整えてから言った。
「こっから北東の方にショッピングモールがあるんだよ。野良神がいっぱいで近寄れないんだが、ねーちゃんがいればたぶん野良神は寄ってこないだろ?物資をかき集める間だけでいいから一緒にいてくれないか?」
 坂田の問いかけに女は無反応のまま立ち尽くしている。
 坂田は女の様子をうかがいながら「こ、こっちの方なんだけど。」と指さしながらその方向へ2~3歩歩いてみせた。
 すると女は黙って坂田の近くまで歩いてきた。
(OKってことなのかな・・・?)
 坂田がそのまま歩いていくと女は坂田の後ろからついてきた。
(口がきけないのか?・・後ろからブサリなんてことはないよな。)
 坂田は少し怖くなって女の方をチラッと見たが女の顔は前髪でほとんど隠れているため表情が読めない。
(大丈夫かな・・・。)
 そんなことを思い坂田が視線を前に戻すと後ろから男とも女ともいえない声が聞こえてきた。
「そんなにおびえる必要はない。主が殺すつもりであればすでに殺している。」
 坂田が声に驚き振り返ると女の持っている刀から黒い霧が噴出していた。
「うおっ!」
 坂田が黒い霧に驚いて後ずさりするとまた高い声が聞こえ始めた。
「だからおびえる必要はないと言っている。お前には礼を言いたいくらいなのだ。」
「野良・・・神・・・?」
 坂田が黒い霧を見つめながらそう呟くと高い声は少し尖った口調で言葉を返した。
「失礼な!私はこの刀に宿る神。カラタチという。その辺の名すら持たない神と一緒にするな。」
 坂田が反射的に「ああ、す、すまん。」と言うと高い声は話を続けた。
「私の主人は見ての通り一言も言葉を発しない。何を考えているかほとんどわからん。しかも長い間飲まず食わずだったのだ。いくら力を手に入れたといってもあれだけの間飲まず食わずでは餓死してしまう。昨日はお前のおかげで主が久しぶりに食事をした。礼を言うぞ、ええ・・・、名は何という?」
「さ、坂田・・」
 カラタチはそこまで聞くとすぐにしゃべり始めた。
「礼を言うぞ坂田。主はお前についていくようだからショッピングモールにすぐ向かってくれ。そしてまた主に食事をさせてほしい。食い物はあるのだろう?」
 坂田が面喰いながら「あ、ああだぶん。」と答えるとカラタチはまたすぐにしゃべり始めた。
「じゃあ行け、すぐ行け早く行け。」
 坂田はカラタチの圧に押され再び歩き始めると黒い霧は刀の中に戻っていった。
 ショッピングモールまでは徒歩で20分ほど。
 無言で行くのに耐えられなかった坂田は女に質問をした。
「ケダモノの信者って制約が多いって聞いたことがあるんだけど具体的にどういう制約があるんだ?」
 質問に対して女は反応もせずただただ歩いている。
 すると女の刀から黒い霧が噴出してきて言った。
「それはな・・・。」
 
 黒い霧ーカラタチはとにかくおしゃべりだった。
 坂田の質問に答えるどころか聞いてない話までみんな坂田に聞かせた。
 ケダモノの信者は超人的な身体能力を得ること、超人的な身体能力は刀の近くにいるときだけ発揮されるということ、戦いなどから逃げるとケダモノの加護が消え力を失うこと、ケダモノの加護があるものが近くにいない状態で刀を鞘から抜くと激しく爆発すること、刀を捨てて遠くへ行くと刀に宿った神に命を奪われるということ、ケダモノの信者となると例え加護が消えても他の神の加護を得ることができないということ、刀は爆発するか持ち主が死ぬかすればケダモノの元へ返るということ、他のケダモノの信者の刀も持ち主を討てば自分のものにできること、近くにケダモノの刀があるとそれを感知できること、ケダモノの信者は10人しかいないこと、信者が10人いる状態でケダモノのところを訪れた場合ケダモノに殺されること。
 ただ、他のケダモノの信者の刀も持ち主を討てば自分のものにできるということについてはトップシークレットらしく他言無用とのこと。
 坂田はしゃべり続けるカラタチを見て思った。
(ケダモノの信者のしもべが主の弱点ペラペラしゃべっちゃダメだろ・・・。まあ、弱点知ったところで普通の人間に倒しようはないんだろうけど・・。)
 会話の途中坂田は女の様子を何度かうかがったが女は時折前髪をいじるくらいで会話には反応していなかった。
 カラタチはしばらくしゃべると「疲れた。」と言って刀の中に戻っていった。
「あ。あれだ。」
 坂田が太い道路の交差点から東の方を指さすと雑草だらけの田んぼの向こう側に大きな商業施設が見えた。
 駐車場や空に野良神のようなものが複数見える。
 坂田は立ち止まりリュックから水筒を出すと蓋に水を注ぎ女に差し出した。
「ああいう状況なんだけど大丈夫だよな・・?」
 問いかけに女は相変わらず無反応だったが水を受け取るとゆっくりした動作で飲み干した。
 坂田は女の様子に不安を感じたが自分も水を飲むと水筒をしまいショッピングモールの方へ歩き始めた。
 振り向くと女はちゃんとついてきている。
(心配だな・・。)
 不安で胸がいっぱいだった坂田だがモールの駐車場付近まで来ると不安は払拭された。
 坂田たちが来た途端野良神たちが逃げるようにその場からいなくなったのだ。
(疑ってたわけじゃないが、このねーちゃん本当にケダモノの信者だったのか・・・。)
 坂田は辺りを見回した。
 ショッピングモールは3階建てで広さは駐車場を合わせるとその辺にある小学校の敷地の3倍くらいはある。
 植物を販売していたであろうスペースからは草木があふれ出し、外壁の一部は蔦のような植物に覆われていてガラスのほとんどは割れ搬入口と思われるシャッターは壊れている。
 駐車場には車がそこかしこに放置されていて黒こげの状態になっているものやぺしゃんこになっているものもある。
 駐車場のアスファルトはひび割れを起こし隙間から草や木が生えている。
 かつては多くの人でにぎわっていたのだろうが見る影もなく荒れ果てていた。
 坂田は割れた自動ドアのガラスが散乱している入り口付近まで来るとリュックから護身用のナイフとランプを取り出し女に言った。
「い、いくぜ?」
 女はやはり無反応だったが坂田が中に入るとついていった。
 ショッピングモールの中の構造は三階吹き抜け。
 まだ時間は午前中で外も晴れているということもあって、モール内には所々から光が差しているがやはり暗い。
 吹き抜けの真ん中にエスカレーターがあり別の階に行き来できる構造になっている。
 坂田が中に少し入ると入り口付近には机や台が散乱していた。
 おそらく神々の変直後にここで生活していたものが作ったバリケードの跡だろう。
 どの神にも共通することだが神は自分が気に入った場所で自分がやりたいことをやる。
 荒れた場所で生活し続ければ荒れた場所が好きな神たちが集まってきてやりたい放題されてしまう。
 ここにいた者たちも長くはもたなかっただろう。
(頑強な大型施設より小奇麗な一軒家の方が安全なんだよな。)
 坂田はそんなことを思いながら一番近くのエスカレーターの前まで来て上の階の方を見た。  
 上階は若干荒れた雰囲気ではあるがかなり商品が残っている商店が複数あり坂田は思わず「やった。」
という声を漏らした。
 辺りを見終えると坂田は女に言った。
「まずは衣服の確保からだ。ねーちゃんもその格好だと冬場大変だろ?とりあえず三階から見ていくからねーちゃんも気にいった服があったら端から持ってくるんだぜ。」
 女はやはり無反応だったが坂田はもう構わずエスカレーターを登っていった。
 三階に行くまでの間周りからガサガサぺたぺたぴちゃぴちゃずるずる色々な音が聞こえてきたがおそらくすべての音の発生源は野良神だろう。
 坂田は音がするたび怖くなって振り向き女が後ろにいるか確認したが女はちゃんと後ろからついてきていた。
 3階につくと状態は想像以上に良かった。
 商店が店が開いているときそのままの状態なのだ。
「こんな光景を見るの久しぶりだな。」
 神々の変以降店といえばほとんどが出店か露店形式でこんな洒落た内装の店を見ることはない。
 坂田は懐かしさに心躍らせながら近くの衣料品店に入ると鼻歌交じりに物色を始めた。
「みんな状態がいい。今持ってるのは全部捨てて新しいのに変えよう。」
 夢中で服を選んでいた坂田だったがふと周りを見ると女がいない。
 坂田は目を見開き、きょろきょろしながらゆっくりその場にしゃがみ込み陳列された服の間に隠れた。
(しまった、これが目的だったのか!俺を恐怖のどん底に落とし込んで野良神にやられるのをどこかで見るつもりだったんだ。一言もしゃべらないからなんだか変に信頼しちゃっていたけどやっぱりあのねーちゃんも他のケダモノの信者と変わらなかった!くそっ!)
 坂田はしばらく陳列棚の間でうずくまってどうしようか考えた。
(こんな場所に長居したら命がない。野良神に見つからないようにここから出て駐車場に着いたら安全圏までダッシュだ。)
 坂田は音をたてないようにリュックの中から重いものや使用頻度の低いものなどを出し荷物を軽くした。
(せっかく集めたけど命には代えられない。)
 荷物を整理し終えると坂田は立ち上がり店の出入り口の方へゆっくり歩き始めた。
 出入り口の付近まで来ると店の前の通路に2メートル近いの黒い塊が横たわっているのが見えた。
(ん?)
 坂田は身をかがめながら出口の近くにあるレジまで移動してカウンターの影から頭を出し黒い塊を見た。
 どうやら黒い塊は頭が二つあるトカゲのような生き物だ。
 坂田はこいつを過去に見たことがあった。
 50センチ程度のものなら捕らえて食べたこともある。
 しかし今回の相手は2メートル近い。
 やりあったらただでは済まないだろう。
 動く様子がないが、さっきまでいなかったから動いてここに来たのは間違いない。
(ここにいてやり過ごすか?・・いや、いつ動くかわからないし時間をかければさっき散らした野良神達が帰ってくるかもしれない。駐車場から出られなければ意味ない・・。)
 坂田は20メートルほど離れた位置にあるエスカレーターを目で確認した。
(あのトカゲのサイズだとエスカレーターの幅ではうまく動けないよな。あそこまでいけばきっと振り切れる。)
 坂田はレジカウンターに置いてあった重いテープカッターを手に取った。
(・・・よし。いくぞ。)
 覚悟を決めてカウンターの影から飛び出ると坂田に気づき頭をこちらに向けたトカゲめがけテープカッターをぶん投げた。
 テープカッターはトカゲの頭の片方に直撃し、トカゲが怯んだ隙に坂田は脇を走り抜けた。
(よっしゃ、いける!)
 と思ったのもつかの間、すぐにぺたぺたぺたぺたというトカゲの足音が坂田の後ろに迫ってきた。
 足音は速く一気に距離を詰めてくる。
(まずいまずいまずい!)
 と、突然後ろから近付いてきたぺたぺたという音が消えた。
 坂田は状況に違和感を覚えたが走るのを止めずエスカレーターの元まで行ってからナイフを抜きつつバッっと振り返った。
 すると通路では首のないトカゲの胴体がうねうねと動いていてその傍らには右手に刀、左手に衣服とスニーカーを抱えた女が立っていた。
 坂田はその場にへたり込み
(黙ってついてきてくれたねーちゃんを疑うなんて俺は悪い野郎だ・・。)
 と女を疑った自分を恥じた。
 
 時刻は正午を過ぎた頃だろうか。
 駐車場の隅に並べた品物を見て坂田は悩んでいた。
「ちょっと欲張りすぎたかな。」
 ショッピングモールの中で色々やるのは危険だと思った坂田は何往復もして目についたものを端から持ち出してきていた。
 そこには衣服やらジュースの缶やら缶詰やら靴やら洗面用具やらいろいろなものが転がっていてあと家電製品さえそろえれば一人暮らしができるだろう。
 水のボトルに至っては2リットルのボトルが6本入っている段ボールが10箱もあるが、よくよく考えたら期限は遠の昔に切れているから飲むのは危険だ。
 仮に飲めたとしても持ち歩ける量ではない。
 女が倒したトカゲも食えるので持ってきてある。
「なんでこんなに持ってきちゃったんだ・・・。」
 坂田は独り言を言いながら持っていく物と持っていけない物に分けはじめた。
 女は坂田の脇で背を向けてただ立っていた。
 しばらくして坂田は
「誰か手伝ってくれないかなぁ。」
 と言いながら女の方をちらっと見たが女は前髪を軽く払うような動作をしただけで手伝うそぶりを見せなかった。
(反応なしか。)
 その後も坂田は何度か「ちょっと大変だなぁ。」とか「さすがに量が多いなぁ。」とか言ってみたがやはり反応はなく髪の毛をいじっているだけだった。
 30分ほどかけて坂田は荷物を登山用のリュック二つと、部活動の合宿で使うような大きなスポーツバッグ二つに何とかまとめた。
「これでも欲張りすぎかな・・・。一応ねーちゃんの分もまとめておいたけど・・・。」
 女がショッピングモール内から持ってきたものは赤、紺、白、灰色のつなぎ4着とスニーカー一足とスポーツ用の下着だけだったので坂田は女性物の防寒着やら冬用の靴やら必要そうなものをみんな持ってきていた。
 坂田はまたちらっと女の方を見たが相変わらず髪の毛をいじりながらただ立っているだけだ。   
 その様子を見て坂田は何の気なしに女に言った。
「髪の毛、邪魔だったら切ってやろうか?」
 その言葉を聞くと女は振り返り坂田の方を見た。
 坂田は女が反応したことに驚き
「こ、こう見えても娘の髪はずっと俺が切ってたんだぜ。」
 そう言って右手でハサミをチョキチョキするような動作をした。
 女は坂田の目の前に来ると背を向けあぐらをかいた。
(切れってことかな・・。せめて頷くとかしてほしいよ・・。)
 などと思いながらリュックを探り奥から古い救急バックのようなものを取りだした。
 坂田はこの中に爪切りやら耳かきやらカミソリやら包帯やら洗面用具やらをごちゃまぜにして入れている。
「ハサミとくしと・・。」
 そんなことをつぶやきながらバックの中をあさると中からなぜか散髪用のハサミセットが出てきた。
(これ久しぶりに使うな・・・。)
 このハサミは坂田に娘が産まれた時調子に乗って散髪のスキルもないのに「娘の髪はオレがかわいく切ってやる。」と言って買った高級ハサミだ。
 何年か娘の髪を切って(うまく切れるようになってきた)と坂田が思いはじめたころ娘に「パパが切ると子供っぽくなるから嫌!」と言われて以降手入れはしていたが一度も使っていない。
 坂田は女の後ろで膝をつくと声をかけた。
「動くとき邪魔だろうからバッサリ切るぜ?」
 相変わらず女からは反応がないので構わず髪に手をかけた。
(そういやなんで俺このねーちゃんのこと呼び止めたんだろうな・・。)
 腰ほどまでの長さの髪を首のあたりからばさりと切った。
 大量の髪の毛を切り落とすのは意外に気分がいい。
(神も人も信用できない世の中だから一人で生きてきたのに。)
 ハサミを入れるたびに傷んだ髪の毛がわさわさと地面に落ちていく。
(よりにもよって誰もが恐れるケダモノの信者と一緒にいるなんて・・・。)
 もさもさだった頭がだんだんすっきりしてきた。
(このねーちゃんもなんで俺を疑わないんだろう。俺が今ハサミでのどをかき切ったらいくらケダモノの信者でも助からないだろ。)
 脇と後ろを大雑把に切り終えたので坂田は女の前に回り切り始めた。
「前髪は・・あっ!」
 坂田は前髪もついバッサリ切ってしまった。
 髪の隙間から見える女の眼は閉じていて坂田の「あっ!」に対しても何の反応もない。
(も、もうこの長さに合わせるしかない。)
 少しドキドキしながらもバサバサと前髪を切り落とすと両目を閉じた女の顔が見えてきた。
「こんな顔してたのか。」
 女はやや童顔で、やつれているから年齢の判別は難しいが20代であろうことは分かった。
(このねーちゃんがケダモノの信者・・・。)
 女の髪形は最終的におでこを出したショートヘアになった。
 坂田は(ちょっと子供っぽくなっちゃったな・・・。)と思いながら立ち上がるとタオルと石鹸と水の箱を一つ持ってきて女に言った。
「この水飲むのは危険だけど頭洗うのには使えると思うからさ。・・・自分でやれるか?」
 女はずっと両目を閉じていたが坂田がそう言うとパッと目を開きおもむろに服を脱ぎだした。
 坂田は「ねーちゃん!ちょっとまった!」と言いつつ内心(女の裸が見れる。)という考えが浮かんだが、女のやせた体と右脇腹についている大きな切られたような傷跡や、左肩から胸の間にかけて入っている引き裂かれたようなまだ治りきっていない傷を見て下品な気持ちは霧散した。
 女は脱いだ服を放るとボトルの水を頭から浴びだした。
 坂田は洗面用具を持ってきて水の箱の脇に置くと
「じゃあ飯作るから。」
 とだけ言い女に背を向け支度を始めた。
 
 坂田はおなかをポンポンしながらちょっと苦しそうな声で言った。
「こんな腹いっぱいになったのは久しぶりだな。」
 体を洗ってさっぱりしたであろう女はつなぎに着替え坂田が作った焼きトカゲと色々乾物が入った味噌汁、それとコーンの缶詰とフルーツの缶詰を縁石に座ってゆっくり食べている。
 坂田は荷物を入れた登山用リュックを持ってきて
「これから冬になるから必要そうなもの入れといた。」
 そう言って女の脇に置いた。
 坂田は女が食事をしている間にばばっと着替えを済ませて地面に横になっていた。
 しばらくして出された食べ物をあらかた食べ終えた女はスッと立ち上がるとリュックを背負いスタスタと北の方に歩き始めた。
「えっ?」
 突然のことだったので坂田は呆然と女の後姿を見ていたがその間にもどんどん女は離れていく。
「あっ、ちょっと、えっ?ねーちゃん待って!ねーちゃん!」
 坂田は大急ぎで荷物を背負うと女の元へ駆けていった。
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